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吉田類の酒場放浪記 収録中のこと 『弁慶』にて

パリに行く直前の話しで、2月26日のこと。

パリに行く前に、美味しい焼鳥を食べておきたい!と思い、地元の人気店に初めて行ったところ、『吉田類の酒場放浪記(BS-TBS 毎週月曜日夜9時放送)』↓↓ の収録中だったので、びっくりしました。 

この番組は吉田類さんが日本国内の色々な酒場をめぐり、美味しいお酒や料理を紹介する番組で、 郷土料理や、飲兵衛の肥えた口を満足させそうなお料理を紹介するので、毎回録画してみていたのです。
また、吉田類さんが良い雰囲気で、TV番組でなかなかこういう感じは少ないと思います。
その番組の収録をしているところに、偶然、それも初めて行くお店で居合わせたのです。
なんということでしょう。(笑)
ですが、後から入ったため(お酒もなかなかでてこないので)、恒例の ”かんぱーい” の場面には参加できませんでした。
そして、吉田類さんの収録が終わり、なんと3ショットで記念撮影!

このお店、浦和にある『弁慶』という焼鳥専門の居酒屋さんです。↓

馬肉も新鮮で焼き鳥も美味しい、レバーはお店特製のお味噌ダレをつけて頂くスタイル。それに、生キウイフルーツハイ、これは生のキウイが刻まれて入っていて爽やか。酒場放浪記で放映するのにぴったりのお店だと思いました。

実は、私はこういう居酒屋系統のお店に入るのは珍しいことなのです。
なので、余計に、なんとも不思議な出会いでした。
それに、吉田類さんとの会話、これが、共通の話題として ”パリの話し” だったのも、新鮮で面白いことでした。

この後----------
3月24日に放送されました(BS-TBS 毎週月曜日夜9時放送)









吉田類さんと3ショット








仕切り直して、グー!




『弁慶』浦和 "馬刺し"の赤のれんが目印です

これが人気の生キウイフルーツハイとレバー 

馬刺し♪

収録をながめなから、美味しい馬肉を食すの図♪

奥で収録中 
私はうつりませんように。。。
と思っているのに、
母が横で常連さん私が番組のファンとか色々と
話すので困りましたw
コブクロ まったくクセのない味!これで、100円!
 
すべての焼き鳥のおさえがネギとなっているのも、食べた後
お口直しとなって気がきいています

酢味噌で頂くセンマイ刺♪

レバー・かしら・ねぎま・鳥皮 

〆に このお店の特製 牛モツ煮込みを♪ 
レタスがごま油きいていて、くせになる味

家族経営の暖かムード、なかなかです

記念にお箸とサインを頂きました♪♪


ボルタンスキー BOLTANSKI  たけしアート☆ビート「ベネチア・ビエンナーレ 2011」

たけしアート☆ビート「ベネチア・ビエンナーレ」を見ました。
ところで、これは「ベネツィア・ビエンナーレ」という題名なので、まさか後半にクリスチャン・ボルタンスキーがあれほどでてくるとは思いもよらないわけで、題名を”ボルタンスキー”にする必要があるんじゃないか、と思います。ベネツィア・ビエンナーレのフランス館の会場の展示作品からパリ市立美術館の作品、音楽院の作品、そしてめったに人をいれないアトリエまで行きあんなに撮影してインタビューしておきながら題名にボルタンスキーとなっていないのは失礼ではないですか!!、NHKに文句を言おうかと思ってしまいました。
最初は日本館に展示しているアーティスト・束芋さんがでてくるのですが、それも興味深い内容でしたが、後半にボルタンスキーがでてくることによって、最初の方の印象がすっかり薄れるぐらいの内容になっていました。
それに、番組中間違っているところがチラホラ、ボルタンスキーが高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したのは、去年(2010)なわけはなく、私が文化庁の研修員として、ボルタンスキーのボザールのアトリエに通っていた2006年のことで、第18回目の受賞者・絵画部門の草間彌生と共に彫刻部門での受賞でした。
この時、ボザールのアトリエでボルタンスキー自身から「明後日から日本に行って天皇と食事をするのです」と聞かされ、「それはつまりキーファーが受賞した賞を受賞したという事でしょうか?」と聞きかえしたところ、「そのとおり」と言った会話をしたのをよく憶えています。
受賞したと言わずに、”天皇と食事”、と言ったのがボルタンスキーらしくて面白かったのです。ちょうどボルタンスキーが私の文化庁の研修受け入れ先となってくれてパリに滞在できていたその年に、このような日本からの大きな賞を受賞されて、なんてめでたいのだ、と思い、記念すべき年となっていました。
ちょうどその時(世界文化賞の授賞式に行く前日)に一緒に撮ったツーショット写真がこれです↓↓  私にとっては大事な宝物のような写真の1つです。

パリ・エコール・デ・ボザールのボルタンスキーのアトリエにて。懐かしい画像。この日は新学期になったばかりで50人近くの学生の作品を講評していました。2006年09月撮影

今回のたけしアート☆ビートは、最近のボルタンスキーの映像の中では一番本人の良いところがでているのではないか、と思いました。私が5年前にお会いした時に受けた印象そのままです。日本びいきのボルタンスキーなので、たけし相手に気をゆるしていたのかもしれません。
2010年のグラン・パレでの大規模な展覧会の時に撮影された、artes Editions 「LES VIES POSSIBLES DE CHRISTIAN BOLTANSKI」というDVDを持っていますが、この映像や他のインタビューの映像などを見てもどうも実際にある素朴な良い部分が感じられず、ちょっとがっかりしたので、今回のNHKによる番組はとても良かったと思います。
ボルタンスキーの一日を追う(のみの市での撮影)、や音楽院の地下にある墓地倉庫のような展示場所、アトリエ訪問など、よく取材許可がおりたものだと思うような所を、それも本人自身が乗気で案内しているのですから(それも自然な感じに撮れていて)、驚きと共に貴重な映像です。
久しぶりにボルタンスキーの様子がみれて、その話しの内容も当時聞いていた事がよみがえってきて、感動したのか涙がでてきてしまいました。
たけしもいつもの撮影とは違って最後にボルタンスキーに「色々とヒントをもらった」と深々と御礼を言っていたぐらいですから、他の作家にはない、その言動のもつ意味の大きさ、深さというものを感じたのだと思いました。

岡本太郎 NHK連続ドラマ 第2話

3月5日土曜日、岡本太郎のNHK連続ドラマ第2話をみました。
1話については先のブログにも書きましたが、2話はパリ編の青年期なので、今度こそがっかりするかもと思いつつ観ましたが、案の定で。。。
最後の美輪明宏のダミ声喉ならしシャンソンでまたぶっっと吹き出し、何をみたのか忘れてしまうほどでした。
かのこ役の寺島しのぶは今回もよかったですが、太郎に関しては、青年期の役者は八の字眉毛だけが似ているだけで弱弱しすぎるし、万博の太陽の塔の時代の大人役はメイクでなんとか似させようとしているだけで、俳優の元々の顔にしまりがなさすぎる上に、手が毛むくじゃらで、実際とあまりに違うので、問題です。彫刻やピアノをひいている手(の写真)をみた人は違うことに気がつくでしょう。あんなに色白の毛むくじゃらではありません。(あの役者はなんであんなに毛むくじゃらなのか!芸術家は手から生み出すのだから手が肝心、役になりきるには顔ばっかりでなく手を似させなればだめです!)3話以降はとくに出番が多そうなので、観るのを躊躇します。
顔にしても、岡本太郎はスキーをする時にも一番疲れるのが ”あご” だと答えているのです。いつも歯をくいしばって生きてきたのだから、ひきしまった顔をしていなければおかしい。そうなると適役者を見つけるのは難しい、役者不足という事ですかね。。

特に演出不足だと思ったところは、パリに住んでからすぐのところ。パリ在日本人の絵描き達の住処らしきところでの場面ですが(父親の知人の紹介という人のところに最初はいる)、みそ汁をすすめられて太郎がその絵描き達になんでパリにまで来て日本食を食べ、日本人同士でしか集まらず、フランス語も学ばずに(一切フランス語を話す気がないという事はイコール文化も学ぶ気がないという事)一体パリになんの為にいるのか、と問いただすのですが、その相手の日本人に反対に絵を見せてみろと言われみせると、父親みたいに漫画家になった方がましじゃないか、と言われ腹がたってセーヌ河畔でイーゼルと絵の道具を蹴っ飛ばすシーン。そんな日本人達になにを言われようと、セーヌ河畔で腹立ちまぎれに画材を蹴っ飛ばすような(だいいちなんでセーヌ河畔なのか)器の小さい人間ではないはずで、自分自身や表現すべきものが見つからずに葛藤をしていたというのは事実ですが、この演出ではまるで意味あいが違ってきます。
ずっと昔に読んだので一言一句同じではないですが、ここは印象深いのでよくおぼえている箇所だからです。つまり、パリに住み制作するようになると、グランシュミエール(14区にある有名な画塾でいまもある)に集まっている日本人画家達は、いつも日本人だけで集まっては日本食を食べ、囲碁や将棋を日がな一日している、日本がそのままパリにあるような生活で、なぜパリにいるのかという意義や目的が一切感じられない、そういう日本人の画家グループとはまるで生き方が違うので一切決別し、離れたところに自分の居場所を置いた、と太郎がパリ滞在初期に明確に決意する瞬間があるのです。
フランスの真の文化にふれるには、フランス人の中にいなければならず、それには言語は第一関門です。 だから岡本太郎はそう決意した後フランス語でコミュニケーションがとれるように、血のにじむような努力をしたはずです。話しは違いますが、仏人と結婚してパリに住んだ女優の岸恵子にしてもかなりの努力家だと思います。

芸術家気取りの中途半端な日本人達にとって、パリにいる意味は、ヨーロッパ人モデルのヌードを描く事や売れそうなパリの風景画などを日本へ輸入すること、それで何も本当のフランスの思想や文化などに触れる事なく、芸術が分かっているような顔をしている、つまりは真剣に自分の人生に立ち向かってはいない、そういう同国人とは自ら完全に距離をとった、というような文章を学生の頃に読んだ記憶があり(もっと的確な表現だったと思いますが)、その時にまったく私も同意見だと思ったのです。私がパリに住むようになった時も、今でもそういう日本人はみかけます。

今回のドラマでは、そういう所の肝心な部分の演出が特に注意や注目される事なく、絵を中傷されたから腹がたって画材をけっとばす、という誤解を生むような演出になっていたのが残念でした。
そういう同国人と決別し、フランス人として生きる、といっても言うのは易し、でその後のドラマでもやっていましたが、大変な孤独と向き合って生きる事になります。まず創作について行き詰まり、アイデンティティの問題をかかえ、日本人社会にも仏人社会にもはいれず、唯一の理解者である両親から遠く離れて異国にいる孤独、というものはすさまじいものなのです。これは経験した事がない人には本当には理解できません。ましてや、当時のパリというのは今と違って行くのには全財産を持って命がけに近い感覚、島国の日本に住む一般庶民にとってははるか彼方の彼方、のような距離感だった時代です。ドラマでも母親の死の知らせの電報が届いていましたが、部屋で国際電話ができるわけがなく、メールもスカイプもなく、すぐに帰れるような距離ではない、今とはまるで時間の感覚が違う次元での話しなのです。
こういう環境で太郎は若い時期に自分と徹底的に向かいあい、ゆるぎのない強靭な精神力というものをつくりあげた、という所をもっと強調してやってもらいたいと思いましたが、ドラマというものはどんなものでも軽くなるので無理な注文でしょうか。

強靭な精神力と深い経験を持っているからこそ、あの明るくユーモアのあるウィットに富んだ会話をする人間像になるわけですが、それも同じような経験や環境にあった人でないと理解しにくいかもしれません。 だから、テレビに出て、芸術は爆発だ!と手を広げる奇想天外な人、という印象になってしまうのです。
そこら辺を一般化せずに、ドラマという一般市民がみる媒体で、明るい岡本太郎とは、当時のパリと日本で誰よりも真剣に、自分に(芸術に)向き合って生きたコスモポリタンである、という観点からちゃんとやるべきではないかと思います。

岡本太郎 生誕100年記念ドラマ

2月26日土曜日の21:00からNHKでやっていた岡本太郎の生誕100年を記念しての連続ドラマ1回目を観ました。3月8日〜5月8日まで、東京国立近代美術館で生誕100年岡本太郎展が開催されるのにちなんで放映されたのだと思います。
芸術家ものはTVドラマで面白いのを見たことがないので、どうせまたがっかりするに違いないと思いながら、それでもどんな風に撮られているか気になったので観てみました。

まず観た感想としては、岡本太郎の母である、かのこ役に寺島しのぶ、というのは適役でした。寺島しのぶはなかなかの個性派俳優で役になりきって演技する姿はいつも好印象で、狂気に近い熱情のようなものをもともと秘めた女優なのか、かのこ役にはぴったりな印象でした。実生活でフランス人と結婚しているからフランス関係といえなくもないですが、それでも芸術に対する熱情、狂気というものを強く表現できる女優はなかなかいないと思います。
太郎役の子役は本物の太郎に顔がそっくりな聡明な感じでしたが、大人になってからの太郎はメイクや動きが不自然な感じがしました。大人になってからの姿というのは、本人がTVに出演していた事もあり、配役や演出に苦労があったと思われます。
それでも話し言葉などには生前の本人をうかがわせるものが感じられ、ああそうだったな、とあらためて思いだす事ができました。
だいたい芸術家ものというのは、一般的な尺度でドラマ化できないものだと思われます。よっぽど本人やその芸術を理解していないと結局は破壊的生活、などのハチャメチャな面が強調され、ゆがんで伝わり、芸術家というものはすべてそういうものなのだという誤ったイメージが定着してしまうので、よく分かっていないならなるべく芸術家ものはつくらないでもらいたいのです。芸術家ものは生前に本人出演のドキュメンタリーで制作風景やインタビュー形式でやるのが一番ではないでしょうか。
岡本太郎に関しては、秘書で養女の亡き敏子さんが書いた岡本太郎の言葉をまとめた本も含めてほとんどの著作を読んでいますが、やはり本人の生前に出版された本をおすすめします。パリ時代にソルボンヌで民俗学の研究をしているのですが、その時に日本の縄文時代の土偶や土器などに表れている土着的で大らかな形態の素晴らしさを再評価し書かれた文章も思想家としての力を感じますし、あれほど明敏に的確に言葉を使う日本人の芸術家はいないのではないでしょうか。縄文文化に関しては、平面や立体作品にも土偶などの形態からイメージしたいろいろな形をみつける事ができ、太陽の塔の大らかな形態は土偶などのイメージと母性愛を感じます。
ちなみに、フランス語も流暢だったので、言語能力が優れていたのでしょう。優れていたという面では、ピアノ演奏も素晴らしく、フランス語の歌詞を流暢に歌いながらよく演奏をしていたそうです。そういう所も粋で私としては親近感を持ちます。(歌でおもいだしましたが、このドラマの最後にかかる美輪明宏の仏語のシャンソンは演歌調でふきだしました。シャンソンが変な節回しで演歌の様に喉を鳴らして歌われているのです。あまりに変で面白いので是非聞いてみてください。)

私の亡父はフランス文学・哲学の専門家でしたが、私が成長期に本を読むようにすすめられた記憶がなく、唯一読むように言われてもらった本が、岡本太郎著の芸術論全集と「ソフィーの世界」というノルウェーの哲学教師が書いた本でした。あと、大人になったらプルーストの「失われた時を求めて」を一度は読むといいと言っていました。そういうわけで、子供時代に唯一熱心に読んだ本が岡本太郎の本だったので、思い入れが深いのかもしれません。
今回の岡本太郎のドラマはそれほど深くはやれなくても一般の人達に優れた思想家でもあった岡本太郎の良い部分が伝わるものであってもらいたいです。